基底を取り換えると行列表示はどう変わる?

基底を取り替えたらどうなるのか

線形代数に関する前の投稿

fakeowl.hatenablog.com

の続き。
それでは具体的に、基底の取り方を変えた時にどのように変換行列が変わるのかを見ていこうと思う。

入力側の基底の変換

まずは、入力側の基底を取り替えてみよう。 前の投稿で例に上げた、基底1を「つまみAを時計回りに1度回すこと」から、「つまみAを時計回りに2度回すこと」と変えることを、詳しく見てみよう。 この場合、新しい基底:  {\mathbf e}' _ 1 は、元の基底を使って $$ {\mathbf e}'_1 = 2 {\mathbf e}_1 $$ と書ける。 基底   {\mathbf e}_1 だけ取り替えるというのは一般的でないので、 基底  {\mathbf e}_2 も基底  {\mathbf e}_3も恒等変換(何もしないという変換)していると考えて  {\mathbf e}'_2 = {\mathbf e}_2, {\mathbf e}'_3 = {\mathbf e}_3 としておこう。 行列表現を考えるということは、すべてのベクトルを考えている基底での成分で表現するということである。 元の基底で  (a^1, a^2, a^3)^Tと成分表示されていたベクトルの成分は、基底を取り換えたときどのように変化するだろうか。 ここでもう一度思い出して欲しいのは、基底の決め方と、表したい状態(ここでは、3つのつまみがどの角度になっているのかということ)とは関係ないということ。もとの基底で  (a^1, a^2, a^3)^Tという成分で表されているのは、つまみA、つまみB、つまみCの角度が、それぞれ、 a^1度、 a^2度、 a^3度であることに対応する。今、基底1を取り替えて、新しい基底が  {\mathbf e}'_1=2 {\mathbf e}_1であるということは、同じ状態を新旧の基底で表すと、

$$ a^1 {\mathbf e}_1 + a^2 {\mathbf e}_2 + a^3 {\mathbf e}_3 = \frac{a^1}{2} {\mathbf e}'_1 + a^2 {\mathbf e}'_2 + a^3 {\mathbf e}'_3 $$

となる。 新しい基底1が、もとの基底1の2倍の角度を表すことになったことを打ち消すように、対応する成分は 1/2 に変化しなければならない。 そうしないと、同じベクトルを表すことにならないからだ。 基底の変換に伴う、行列表現の変換の本質はこの例に尽きる。

これを一般化して表現していこう。 新しい基底: { {\mathbf e}' _ 1, {\mathbf e}'_ 2, {\mathbf e}'_ 3} を、元の基底を使って $$ {\mathbf e}'_ 1 = p^1_1 {\mathbf e}_1 + p^2_1 {\mathbf e}_2 + p^3_1 {\mathbf e}_3 \\ {\mathbf e}'_ 2 = p^1_2 {\mathbf e}_1 + p^2_2 {\mathbf e}_2 + p^3_2 {\mathbf e}_3 \\ {\mathbf e}'_ 3 = p^1_3 {\mathbf e}_1 + p^2_3 {\mathbf e}_2 + p^3_3 {\mathbf e}_3 $$ と作ったとしよう(新旧の基底を結ぶ関係式)。 基底を取り替えたとしても、表したい状態ベクトルが変わるわけではない。 そして、新しい基底の線型結合でも同じベクトルを表せるはずだ。 つまり、 $$ a^1 {\mathbf e}_1 + a^2 {\mathbf e}_2 + a^3 {\mathbf e}_3 = a'^1 {\mathbf e}'_ 1 + a'^2 {\mathbf e}'_ 2 + a'^3 {\mathbf e}'_ 3
$$ を満たす新しい基底での成分  (a'^1, a'^2, a'^3)^T があるはずだ。 基底の取り換えの式(新旧の基底を結ぶ関係式)を使うと、

\begin{align} & a'^1 {\mathbf e}'_ 1 + a'^2 {\mathbf e}'_ 2 + a'^3 {\mathbf e}'_ 3 \\ &= a'^1 (p^1_1 {\mathbf e}_1 + p^2_1 {\mathbf e}_2 + p^3_1 {\mathbf e}_3) \\ &\quad + a'^2 (p^1_2 {\mathbf e}_1 + p^2_2 {\mathbf e}_2 + p^3_2 {\mathbf e}_3) \\ &\quad + a'^3 (p^1_3 {\mathbf e}_1 + p^2_3 {\mathbf e}_2 + p^3_3 {\mathbf e}_3) \\ &= (a'^1 p^1_1 + a'^2 p^1_2 + a'^3 p^1_3) {\mathbf e}_1 \\ &\quad + (a'^1 p^2_1 + a'^2 p^2_2 + a'^3 p^2_2) {\mathbf e}_2 \\ &\quad + (a'^3 p^3_1 + a'^2 p^3_2 + a'^3 p^3_3) {\mathbf e}_3 \end{align}

なので、 成分同士を見比べて、新旧のベクトルの成分の関係が次のようになっていることがわかる。 $$ a^1 = a'^1 p^1_1 + a'^2 p^1_2 + a'^3 p^1_3 \\ a^2 = a'^1 p^2_1 + a'^2 p^2_2 + a'^3 p^2_2 \\ a^3 = a'^3 p^3_1 + a'^2 p^3_2 + a'^3 p^3_3 $$

これらの変換関係は、行列を用いるとコンパクトに書ける。 $$ P = \left( \begin{matrix} p^1_1 & p^1_2 & p^1_3 \\ p^2_1 & p^2_2 & p^2_3 \\ p^3_1 & p^3_2 & p^3_3 \end{matrix} \right) $$ とすると、 新旧の基底の変換関係は、 $$ ({\mathbf e}'_1, {\mathbf e}'_2, {\mathbf e}'_3) = ({\mathbf e}_1, {\mathbf e}_2, {\mathbf e}_3) P $$ と書けるし、成分の変換関係は、 $$ \left( \begin{matrix} a^1 \\ a^2 \\ a^3 \end{matrix} \right) = P \left( \begin{matrix} a'^1 \\ a'^2 \\ a'^3 \end{matrix} \right)
$$ と書けるので、新しい成分を古い成分で表すならば、 $$ \left( \begin{matrix} a'^1 \\ a'^2 \\ a'^3 \end{matrix} \right) = P^{-1} \left( \begin{matrix} a^1 \\ a^2 \\ a^3 \end{matrix} \right)
$$ である。 古い基底から新しい基底への変換行列を Pとしたとき、古い成分から新しい成分への変換行列が P逆行列 P^{-1} となる意味は、もうおわかりだろう。 同じベクトルを表そうとしているのに、基底だけを取り替えて成分をほったらかしにしたら、表しているベクトルが変わってしまうので、基底が変わった分の変化を打ち消すように成分が変化しなければならない。それで、基底と成分の変換関係が互いに逆になっているのである。

出力側の基底の変換

もちろん、出力側の基底も自由に取り替えることができる。 今回の例では、出力側の次元が2次元であること以外は、入力側の議論と全く同じであるので説明は省略するが、 基底の変換行列を $$ Q = \left( \begin{matrix} q^1_1 & q^1_2 \\ q^2_1 & q^2_2 \end{matrix} \right) $$ とすると、新旧の基底の関係は $$ ({\mathbf E}'_ 1, {\mathbf E}'_ 2)=({\mathbf E}_1, {\mathbf E}_2)Q $$ であり、成分の関係は $$ \left( \begin{matrix} b'^1 \\ b'^2 \end{matrix} \right) = Q^{-1} \left( \begin{matrix} b^1 \\ b^2 \end{matrix} \right) $$ である。

入出力の基底を同時に取り換え

入力側も出力側も両方取り替えたって、もちろん構わない。 このとき、新しい基底での入出力の変換行列はどのように変わるのかを見ていこう。

古い基底での入出力の関係が次のように書けているものとする。 $$ \left( \begin{matrix} b^1 \\ b^2 \end{matrix} \right) = T \left( \begin{matrix} a^1 \\ a^2 \\ a^3 \end{matrix} \right) $$ ここで、 $$ T = \left( \begin{matrix} t^1_1 & t^1_2 & t^1_3 \\ t^2_1 & t^2_2 & t^2_3 \end{matrix} \right) $$ である。

もとの基底での入出力の関係がわかっているので、 これを新しい基底での入出力の関係に焼き直していこう。 入力側、出力側の成分の変換はわかっているので、それを代入すると $$ Q \left( \begin{matrix} b'^1 \\ b'^2 \end{matrix} \right) = T P \left( \begin{matrix} a'^1 \\ a'^2 \\ a'^3 \end{matrix} \right) $$ なので、すこし式を変形して $$ \left( \begin{matrix} b'^1 \\ b'^2 \end{matrix} \right) =Q^{-1}TP \left( \begin{matrix} a'^1 \\ a'^2 \\ a'^3 \end{matrix} \right) $$ が得られる。つまり、新しい基底での入出力の関係を表す変換行列 T' は、 $$ T' = Q^{-1} T P $$ である。

この式の意味を補足しておこう。 導出の通りであるが、 これは迂回路を書いてあるに過ぎない。
もとの基底では変換を表現する行列( T)がわかっている。 だから、

  • 新しい基底での入力状態の成分表示を、もとの基底での成分に変換(行列  P を掛ける)
  • もとの基底での成分表示で出力に変換(行列  T を掛ける)
  • 出力側の成分が古い基底での表示なので、新しい出力側の基底での成分に変換(行列  Q^{-1} を掛ける)

という一連の迂回操作で、新しい基底で表示した成分の変換計算を実行しているのだ。 f:id:FakeOwl:20180925234122p:plain